事故から11年が経ちました。遺族にとっては区切りはありません。また次の1年が始まります。子どもたちを守る安全への取り組みを絶やさないように、これからも取り組んでまいります。

2021年6月18日 西野友章


<2021.6.18 朝日新聞より引用>

 

転覆事故11年 風化させぬ

西野友章さん、妻失った後きょう初の娘の命日

安全な野外教育願い講演

 

浜松市の浜名湖で、愛知県豊橋市立章南中学1年の西野花菜(かな)さん(当時12)が亡くなったボート転覆事故から18日で11年。父の友章さん(62)には、妻の光美さんが他界して初めて迎える一人娘の命日になる。学校での事故防止をめざして一緒に闘った妻がいない日々はつらいが、講演などの活動を続けている。

 

 光美さんは昨年12月3日、肺炎のため59歳で亡くなった。15年ほど前から中枢神経系の難病の多発性硬化症を患い、19回目の入院中だった。昨夏にパラリンピックの自転車競技を観戦するため夫婦で静岡県伊豆市の宿を予約し、競技が延期になっても宿泊したのが最後の外出だった。9月に入院したまま、帰宅もかなわなかった。

 

 ボート事故の後、豊橋市や学校の対応に納得がいかず、夫婦で損害賠償請求を提訴し、法廷には欠かさず2人で通った。2012年に和解した後は、自ら花菜さんの絵本を出版した以外は光美さんはあまり表に出ず、友章さんの活動に助言し、支えてきた。

 

 

 事故の翌年から、市は6月18日を「豊橋・学校いのちの日」と定め、各校が安全や危機管理に取り組む。友章さんが初めて章南中で教職員向けに講演した昨年の「いのちの日」には、光美さんに後で様子を報告すると、納得した様子でうなずいていたという。

 

 光美さんはこの3年ほどは、車いす生活だった。「亡くなって、花菜と会えたかな。これまでがんばってくれ、お疲れさまと言いたい」と友章さん。遺影は、花菜さんと2人の写真を選んだ。事故の直前、花菜さんは「頼れる医者になりたい」と書き残していた。両親に話したこともなかった将来の夢は、病床に付き添ううちに芽生えたのではないかと友章さんは推測する。

 

 昨年の章南中での講演で友章さんは、17年に栃木県で高校生ら8人が亡くなった雪崩事故にふれ、「野外教育を萎縮させないために」として、教職員の安全への正しい知識と技術取得の必要性を挙げた。

 

 それでも学校現場の事故はなくならない。今年2月には大阪府高槻市の小学校で、マスクを着用して体育の授業に臨んだとみられる5年の男児が、5分間走っている間に倒れて亡くなった。友章さんは「報道で知る限りだが、大人にマスクの危険性の知識があれば防げた事故だった」

 

 野外学習では、子ども任せや施設任せにせず教員が生徒を守る。事故が起こってしまったら、遺族へのケアに最善を尽くすなど、当事者だった夫婦だからこそ伝えられる教訓は多い。

 

 

 友章さんは今月22日、事故があった浜名湖の地元、浜松市立三ケ日中学校で、初めて生徒向けに講演する。花菜さんのこと、事故を知ったときの親の気持ちをありのままに伝えるつもりだ。

 

<浜名湖ボート転覆事故>

浜名湖で2010年6月18日、体験訓練中の豊橋市立章南中1年生と引率教員の20人が乗り、悪天候で動けなくなった手こぎボートが、モーターボートに引航される途中で転覆。西野花菜さんが水死した。引航していた静岡県立三ケ日青年の家の所長(当時)が業務上過失致死罪で有罪判決を受けた。(本井宏人)


<静岡新聞より引用2021.6.19>

 

再発防止の誓い新たに

 

 浜名湖で2010年、県立三ケ日青年の家(浜松市北区)のボートが転覆し、愛知県豊橋市湘南中1年西野花菜さん=当時12=が亡くなった事故は18日、発生から11年を迎えた。青年の家と同行では、追悼行事が営まれ、関係者が西野さんの冥福を祈った。

 

三ケ日青年の家 訓練

 

 青年の家では事故防止に向けより実効性を持った活動をすべきと、今年から緊急時の対応訓練をメインに据える内容に変更した。海洋活動中の研修生が湖上で熱中症を発生したことを想定し、関係者が状況確認や通報の流れ、救助の動きなどを確認した。青年の家の城田守所長は「訓練するたびに必ず新しい課題が出る。それを積み重ねて継続していくことが重要」と強調した。

 訓練前には西野さんをイメージした少女像の前で参列者が黙とうした。西野さんの父。友章さんは「11年の中で、複雑な思いを抱えながら娘を亡くした父親として教訓を伝えてきた。絶対に風化させてはいけないという決意でこれからも伝え続ける」と書面を寄せた。

 

西野さんの中学(豊橋)生徒ら悼む

 

 西野花菜さんが通った愛知県豊橋市立章南中では18日、全校生徒が命について考える活動に取り組んだ。生徒たちはメッセージカードを付けた黄色い風船を空へ放ち、西野さんへの哀悼の意をささげた。

 午前中には、人と人とのつながりやいのちの尊さを学ぶ「いのちの授業」に臨んだ。西野さんがバイオリンに興味を持つきっかけとなった大竹広治さんによる演奏会もあった。大竹さんは西野さんのバイオリンを使い、追悼歌「未来(あした)へ」などを演奏した。

 生徒会長の3年、松島幸来さん(15)は、「昔話として続けるのではなく、身近なこととして絶対に忘れてはいけない」と語った。鈴木孝昌校長は「次の10年の始まり。学校の危機意識を閉ざさぬよう、これからを大事にしていきたい」と決意を新たにした。

細江支局 吉沢光隆

(引用おわり)

 


<2021年6月19日 朝日新聞より引用>

 

いのちの重さ 考える

 

 豊橋市立章南中学1年の西野花菜さん(当時12)が亡くなった静岡・浜名湖のボート転覆事故から11年たった18日、章南中で「いのちを考える音楽会」があった。花菜さんと交流があった演奏家大竹広治さん(49)が、花菜さんのバイオリンを使って命や愛をテーマにした曲を演奏した。

 

 この日は、事故翌年に「豊橋・学校いのちの日」と定められ、豊橋市の各小学校で命にかからる取り組みが続けられている。

 

 大竹さんは事故後の4年前、花菜さんと家族が演奏会に来場したのが縁で交流し、花菜さんがあバイオリンを始めたきっかけにもなった。章南中での演奏は2018年以来で3回目。密集を避けるため、今回は同じ曲を学年別に3回演奏した。

 

 大竹さんは「たくさんの人の命はつながっている」と話し、クライスラーやピアソラの曲を演奏。最後に花菜さんを追悼して作られた「未来(あした)へ」をピアノ演奏家の鈴木雅子さん、バイオリンの水越宣友教諭と3人で合奏した。

 

 この後、生徒277人が校庭で、命のメッセージをつけた黄色い風船を飛ばす恒例の「バルーン・リリース」に臨んだ。生徒会長の松島幸来さん(3年)は「花菜さんのバイオリンは優しい音色だった。事故を昔話にせず、後輩に語り継いでいきたい」と話した。(本井宏人)

(引用おわり)


<中日新聞より引用2021.6.19>

 

転覆事故繰り返さない

 

 2010年6月に県立三ケ日青年の家(浜松市北区)前の浜名湖で集団訓練中にカッターボートが転覆し、愛知県豊橋市立章南中1年の西野花菜さん=当時12=が亡くなった事故から18日で11年となった。不慮の事故を繰り返さないようにと、水上救出訓練が同日、現地であり、県教委や県立青少年教育施設の関係者らが参加した。

 県教委関係者が浜名湖で訓練用ボートに乗るのは初めて。昨年までは献花式など追悼行事に重きを置いてきたが、花菜さんの父友章さんの意向を踏まえ。同青年の家が中心となって「安全確認の日」と設定。浜松ライフセービングや細江署なども訓練に加わった。

 

 花菜さんの慰霊像前で黙とうをした後、参加者の一部がカッターボートを操船。乗員18人のうち4人が熱中症になり、そのうち一人は歩行困難になったとの想定で、沖合で停泊したボートに救助艇が急行し、3度に分けて運んだ。

 

 参加した元ラグビー日本代表の小野沢宏時県教育委員は「陸のスポーツのリスクを体験でき、いい学びになった。常に準備していくことが大切」と語った。

 

 青年の家では毎月1回、全所員による水上訓練があるが、救助される役まで置くケースは少ないという。参加者から「救助する所員で掛け声が少ない人がいた」との指摘もあった。城田守所長は「湖の安全はわれわれだけでは作れず、地域の人々の協力が不可欠」と力を込めた。(武藤康弘)

(引用おわり)


<東愛知新聞より引用>

 

章南中などで「豊橋・学校いのちの日」追悼行事

 

浜名湖での野外活動中にカッターボートが転覆し、豊橋市立章南中学校1年生の西野花菜さん(当時12歳)が亡くなった事故から11年目の18日、豊橋市内の全小中学校で「豊橋・学校いのちの日」の追悼行事があった。章南中学校では生徒が黄色い風船を大空に飛ばす「バルーン・リリース」で花菜さんをしのんだ。

 

 同校は始業前、校内放送を使った全校集会を開いた。花菜さんの冥福を祈って黙とうを捧げたあと、鈴木孝昌校長は「事故から11年を迎えたが、風化させてはいけない。きょうは命の大切さを考える日にしてほしい」と生徒に呼び掛けた。

 

 運動場で催した「バルーン・リリース」は、全校生徒277人が命の大切さや故人への思いを記したメッセージカードを風船に取り付け、一斉に大空へ放った。

 

 3年生の生徒会長、松島幸来(ここ)さん(15)は「入学まで事故のことは知らなかった。普通に暮らしている日常に感謝して前向きに生きたい。花菜先輩のことは身近な問題として後輩たちに受け継ぎたい」と決意を新たにした。

 

 同校はこの日、命をテーマにした講演会や授業を実施した。また生前の花菜さんにバイオリンを教えた大竹広治さんの演奏会もあった。花菜さんをしのんで当時の教員がつくった「未来(あした)へ」などの楽曲を、生前に使っていたバイオリンで奏でた。

 

 事故は2010年6月18日、野外活動のため浜名湖で訓練中のカッターボートが悪天候で転覆。乗っていた生徒18人と教員2人が投げ出され、逆さまの船体内側に閉じ込められた花菜さんが亡くなった。

 

 【加藤広宣】

(引用おわり)