2025年12月14日 16回目の「菜の花キャンドル」を開催しました。今年も静岡県立三ヶ日青年の家で行われたこの追悼行事、「今回で区切りをつけたい」とあいさつしました。



<西野あいさつ>
今年も「菜の花キャンドル」を開催するに当たって、浜名湖海洋少年団のみなさまをはじめ、三ヶ日青年の方々や、思いを同じにしてくれる方々が準備をしてくれたこと、本当にありがとうございます。
 
今日はこの菜の花キャンドルについて私の気持ちを伝えさせて頂こうと思っています。
今回でこのキャンドルはいったん区切りをつけようという思いに至っております。
 
この菜の花キャンドルは事故のあった2010年の12月からここ三ヶ日青年の家で始まりました。3年ここで開催して、指定管理者も代わり、同級生たちが気軽に参加できる場所がいいと思い、その後豊橋の近くの公園で7回開催しました。事故から10年を迎えた時に妻が亡くなるということもって、一旦このキャンドルに区切りをつけました。それでも当時の三ヶ日青年の家で引き継いでくれて、同級生たちも車で来れる年になって、2020年からここで開催しています。
 
そして今様々な意見も伺っております。
この会を開催するにあたって、私自身の気持ち、同級生たちの気持ちを優先にしたい思いがあります。
 
私は、ここに来るのはやっぱり辛い思いになります。あの日花菜がここにいて、ここで命を落としたこと、あの日いろんな判断できたはずであったことなど、ここに立つとどうしてもあれこれ思いを巡らせてしまいます。
 
そして同級生たちにとっても、ここに来ることが負担になっているのではないかと、あの辛い日を思い出させてしまっているのではないか、ずっとそんなモヤッとした気持ちでこの日を迎えています。
 
それでも私がこのキャンドルを続けられたのは、参加できたのは、当初からの開催趣旨である、花菜を忘れないで欲しい、事故を風化させないで欲しい、再発防止の誓いを新たにして欲しいと、その機会になればとそういう思いがあったからだと思います。
 
同級生の皆さんにとっても同じ思いなのだろうなと想像しています。
今でも時々お参りに来てくれる同級生たちは花菜を忘れるはずもなく、毎年私を校長研修に呼んでくれる豊橋市教育委員会を中心とした学校からは、絶対に風化させない強い決意を感じています。静岡県教委の教育長からも野外教育活動の安全に対する思いも毎年届けられます。そしてこの会を主催してくれている浜名湖海洋少年団の会長からも、意見を聞きました。
 
また、このキャンドルの準備に多くの人たちが時間を割いてくれていることも、心苦しく思っています。
 
その上で、この会の目的と現状を照らし合わせた時に、いったん今回で区切りをつけるという思いに至りました。
 
先ほおど、開催関係者の方に私の気持ちをお話しさせていただきました。
 
ここまで会を重ねることができたこと、大変感謝しております。
 
こんなあいさつになりましたが、
今日は、このキャンドルを眺めながら、それぞれの思いを胸に、ゆったりと過ごせたらと思います。
西野友章(花名の父親)

<静岡新聞より引用>

 

追悼の光に区切り「感謝」
浜名湖ボート事故 三ヶ日で菜の花キャンドル
三ヶ日青年の家(浜松市浜名区)のボート事故で亡くなった愛知県豊橋市立章南中学1年の西野花菜さん=当時12=を追悼する行事「菜の花キャンドル」が14日、同施設で営まれ、父友章さんは事故翌年の2010年から続けてきた同行事を今回で終了する考えを示した。
西野さんの父「忘れないでね」
友章さんは開式のあいさつで、「花菜がここにいたこと、花菜がここで亡くなったこと、あの日あの時、いろんな判断ができたはずなのに。そんな思いがよみがえってくる」と今も続く苦しみを吐露した。娘を思い続ける同級生や、事故の再発防止へ力を尽くす参加者や教育関係者などに感謝を述べ、「キャンドルの目的と現状、皆さんの負担を考えたとき、ここで区切りをつけるべきだという思いに至った」と語った。
当時の同級生ら約20人が参加し、花菜さんへの追悼歌「未来(あした)へ」の演奏を聞いた後、"家"をイメージしたオブジェクトの中に、LEDのキャンドルを入れ、花菜さんと、それぞれの大切な家族を思いながら明かりをともした。
花菜さんの親友平松明華さん(28)=東京都=は「花菜に会いたいと思い、できる限り来た。辛いときやしんどいとき、今も花菜の笑顔を思い出すことがある。キャンドルがなくなるのは残念だが、年に1回でも花菜のためにみんなで集まる機会をつくっていきたい」と話した。
花菜さんの同級生と交流した友章さんは「今までと同じように気楽に家に来てほしい。キャンドルという形はなくなるが、花菜のことを忘れないでほしい」と願いを伝えた。
引用おわり

 


<中日新聞より引用>
花菜さんの明かり 永遠に
浜名湖ボート事故 浜松で追悼「今回で区切り」
浜名湖で2010年6月に起きたボート転覆事故で亡くなった豊橋市章南中学校1年の西野花菜さん=当時12=を追悼する行事「菜の花キャンドル」が14日夕、現場近くの静岡県立三ヶ日青年の家(浜松市浜名区三ヶ日町)であった。遺族や友人ら約20人が集まり、西野さんをしのんだ。
西野さんを知る元教員は弦楽器で追悼歌を演奏した。友人らは発光ダイオード(LED)のゆらめく光のキャンドルを小さな紙製の家に入れ、会場に飾った。
小学校時代からの同級生で、東京都中野区の会社員平松明華さん(28)は「花菜に会いに来た。つらくなった時やしんどいときには花菜の笑顔を思い出します」と話した。
追悼行事は16回目。西野さんの父友章さん=豊橋市=は「今回で区切りを付けさせていただきたい」と述べた。西野さん亡くなった現場近くの追悼行事が娘を思い出し、心の負担になっていたという。西野さんの同級生にとってつらい場所であることも理由に挙げた。「菜の花キャンドルは終わるが、花菜のことを忘れないでほしい」と語った。