静岡検察審査会 議決書 2016年10月16日
平成28年静岡検察審査会審査事件(申立)第2号
申立書記載罪名 業務上過失致死
検察管裁定罪名 業務上過失致死
議決年月日 平成28年10月6日
議決の要旨
審査申立人(1)
(氏名) 西野友章
審査申立人(2)
(氏名) 西野光美
審査申立代理人
(氏名) 小林 修
(氏名) 菊地令比等
被疑者 (氏名) 水野 克昭
不起訴処分をした検察官
(官職氏名) 静岡地方検察庁 検察官検事 水野 朋
議決書の作成を補助した審査補助員 弁護士 望月 正人
上記被疑者に対する業務上過失致死被疑事件(平成26年検第110353号)につき、平成27年1月28日上記検察官がした不起訴処分の当否に関し、当検察審査会は、上記申立人の申立てにより審査を行い、次の通り議決する。
議決の趣旨
本件不起訴処分は不当である。
議決の理由
1 被疑事実の要旨
被疑者水野克昭は、豊橋市立章南中学校(以下「章南中学校」という。)校
長として同校の校務をつかさどり、同校行事の三ケ日青年の家におけるカッターボート訓練に参加する生徒の生命、身体の安全を確保する業務に従事していたのもであるが、三ケ日青年の家においては、教育プログラムとして、漕艇経験のない児童、生徒を対象に浜名湖上でカッターボート訓練を行っており、同訓練はその性質上、悪天候のもとで行った場合、風雨や高波でカッターボートが漕艇困難に陥り、カッターボートの漂流、転覆等の事故が発生し、利用児童、生徒が湖上に転落して死傷の結果を生じさせるおそれがあったのであるから、平成22年6月18日、章南中学校の生徒等を参加させるカッターボート訓練を行うに当たり、天候が悪化するおれがある場合には、今後の気象状況、波の状況の変化を検討した上で、三ケ日青年の家責任者らと協議して同訓練を実施するか否かを適切に判断する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、天気予報等により天候悪化が予想され、訓練開始直前には風雨が強く、白波が立っている状態になっていたにもかかわらず、三ケ日青年の家所長として同施設の管理運営業務に従事していたA男らと何ら協議することなく、漫然とカッターボート訓練を開始、継続させた過失により、同日午後3時25分頃、浜松市北区三ケ日佐久米の南方の沖合の浜名湖上において、B女が乗船中のカッターボートを転覆させ、同人をして浜名湖に落水させて転覆したカッターボートの船底に取り残された状態にし、よって、その頃、同所において、同人を溺死させたものである。
2 検察審査会の判断
当検察審査会が、本件不起訴処分を不当とする理由は、以下のとおりである。
(1) 本件は、学校行事に参加した何の非もない一人の女子生徒の尊い命を失うという痛ましい事故であり、結果は極めて重大である。
(2) 検察官は、事故の結果まで予見できず、また結果も回避できなかったことを不起訴処分の理由としている。しかし、当検察審査会は、予見できなかった点及び回避できなかった点につき、以下のとおり疑問を提示する。
ア 被疑者は中学校の最高責任者として、学校行事として本件カッターボート訓練を引率していたものであり、その権限は大きいものである。そのため、カッターボート訓練に参加していた生徒ら全員の安全に配慮するのはもちろん、安全を確保すべき具体的な義務を負うものである。
イ 引率されていた生徒らは、当日初めてカッターボートに乗る初心者たちであり、悪天候の中、湖の沖に出て行かせることそのものがボートの転覆を引き起こす等の危険な行為である。被疑者は、その点をどこまで認識していたのか。証拠上、被疑者は「プロが大丈夫と言うからその判断に従うしかなかった。」等と述べているが、学校行事を主催する最高責任者として、被疑者が当日の訓練の安全性についてどの程度確かめたかが明らかでない。カッターボート訓練開始前、湖の状況や天候を見たり、自ら天気予報を確認することができたにもかからわず、自らは部屋の中に待機していたことから、上記各点についての確認をすることができなかったもので、このような事情を考慮すると、被疑者に予見義務がなかったとは言えないと考える。引率した最高責任者として、尽くすべき義務を行ったかどうか。その点が証拠上、不明確であることから再捜査が必要であると考える。
ウ また、カッターボート訓練が開始された後であっても、被疑者は湖面の状況や天候を見ることは可能であり、また、自ら最新の天気予報や詳細な気象状況を確認することもできたはずである。それらを基に、待機している三ケ日青年の家の所員らと打ち合わせをすることができ、場合によっては、早い段階で訓練中止を呼びかけたり、ハーバーへ戻る呼びかけをすることもできたはずである。
しかし、証拠上、被疑者は訓練開始後も、部屋に入ったまま特に何か行動をとったことが見られない。被疑者のこの間の行動が明らかでなく、もし、この段階で被疑者が十分な情報を収集し、青年の家の所員らと訓練中止を相談し合っていれば、結果は違ったものとなっていたかも知れず、その点で予見義務がなかったとは言えない。
また、この段階で結果回避義務が生じたとも考えられる。その点が証拠上、不明確であることから再捜査が必要であると考える。
(3) 本件は、未来ある一人の生徒の大切な生命を奪った痛ましい事故であり、中学校の最高責任者である被疑者の責任は重大なものである。
その意味からも、被疑者に対する不起訴の処分が、本当に妥当なものであったのか、再捜査をする必要があると当検察審査会は判断したものである。
以上により、検察官の再考を求めるため、上記趣旨のとおり議決する。
平成28年10月6日
静岡検察審査会